第三章

 

71 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:44:04.12 ID:o0jTp2oUO
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

ヒッキーが少女の前から姿を消した数時間前。

「大失態だな」

大層な造りの椅子に腰掛け、老人は言った。

「申し訳ありません……何しろ想定外の事態が起こりまして……」
老人に対峙する男が俯きながら謝罪する。

「研究所の半分を吹き飛ばして逃走……か」

ふぅむ、と呟いて、老人は椅子の手摺りに肘を突き、顎を手に乗せて思考する。



72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:46:22.65 ID:o0jTp2oUO
「……それで、事後処理の方はどうなっている?」

「は、研究所付近は閉鎖、脱走した被検体に関しましては、捜索を進め早急な捕獲を……」

「……発見次第、「つー」を仕向けろ」

「つー、ですか……!?」

男の口調にわずかな驚愕が滲む。

「下手にことを荒立てられては堪ったものではない。
ヤツもたまには鬱憤を晴らさせてやらねば……ただの人間の相手はもう飽きた、とうるさい。
ただし伝えておけ、生け捕りにしなければお前の命もないとな」

「……把握いたしました」


73 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:49:24.17 ID:o0jTp2oUO
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

(#^Д^)「オイ!」

街の中心から離れた路地裏にある非合法の酒場で、
優しさとか遠慮とかの一切ない、怒号に近い声で呼ばれ、ヒッキーはその声のする方を向いた。

75 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:50:53.47 ID:o0jTp2oUO
( ^Д^)「コレ捨てとけ」

間髪を入れず投げつけられたのは幾つもをクシャクシャに丸めた状態で縛り上げた麻袋だった。

( ^Д^)「下手なやり方すんじゃねーぞ」

剣呑な視線でヒッキーを睨み付けながらそう命じた男は、この酒場の支配人だ。

(-_-)「……」

ヒッキーは床に置かれた桶の中でグラスを洗う手を止め、
足元に落ちた麻袋を拾い上げると、
そのまま裏口から、とっくに日が暮れて真っ暗な外に出た。



76 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:56:21.06 ID:o0jTp2oUO
裏口から通じているのは大きな通りからずっと離れた路地裏で、人気は0に等しい。

ヒッキーは路地裏をさらに少し奥に進んで、完璧に人目につかない空間……路地裏の行き止まりに移動する。

そこで立ち止まると、ヒッキーは捨てるように命じられ、手に持っていた麻袋をじっと見た。

(-_-)「……」

瞬間。

麻袋に火が付き、一気に手を巻き込んで燃え上がった。



77 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:56:59.46 ID:o0jTp2oUO
火があたり一面を明るく照らすが、入り組んだ路地裏のせいで遠くに光が漏れることはない。

ヒッキーは動じる様子もなく、手の上で燃える麻袋を見つめている。

やがて麻袋は完全に燃え尽き、真っ白な繊維の固まりになった。

ヒッキーはそれを握り潰す。

乾いた音を立ててそれはボロボロと崩れ去り、後には火傷一つ見当たらないヒッキーの手だけが残った。


78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 14:00:34.14 ID:o0jTp2oUO

(#^Д^)「チンタラしてんなボケが!
さっさと洗い場に戻れカス!」

店に戻るなり罵倒され、ヒッキーは再び仕事に戻った。

井戸から汲んできた水を張った桶の中に、使われたグラスや皿を突っ込んで濯ぎ、
布でまだ付いている汚れを拭く。

それを繰り返し、ある程度水が濁ってきたら、井戸へ水を汲みに行く。

戻ってくる頃には、洗い場に使われたグラスや皿がまた置かれている塩梅だった。


79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 14:01:04.13 ID:o0jTp2oUO

この酒場は、店をひっそりと構えている割には利用客が多い。

大半は安酒を飲みたがる底辺の労働者が占めているが、
店の収入源は裏腹に彼らとは別の少数の客によって大半が占められている。

その少数派……酒場に不似合いな高級感漂う連中、要するにこの街で何らかの権威を誇る輩……が所望するのは安酒でも、味気ないピーナッツでもない。

81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 14:01:33.58 ID:o0jTp2oUO
ヒッキーがいる洗い場のすぐそば、カウンターの影になる位置に、
先ほどヒッキーが捨てるように命じられたのと全く同じ、しかし中身が詰まった麻袋が置かれている。

その中身は、支配人曰く「灰」らしいが、ヒッキーは真実を知っていた。


82 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 14:04:23.29 ID:o0jTp2oUO

ヒッキーとは別の、この店で働く男……接客を任されているのでヒッキーよりは身なりがいい……が、麻袋を開け、さらに小さな麻袋に中身を移した。

サラサラと流れる様にして移されていく、その粉の正体は、
人々に一瞬の快楽と永遠の中毒人生を与える悪魔の誘惑……麻薬だ。



男は小さな麻袋の容量ギリギリまで粉を詰めると、口を縛って、どこかの席へ運んでいった。

おそらくは店の一番奥にある、お偉方ご用達の席へ。

しばらくして、その一番奥にある席から高らかな笑い声が聞こえたが、
ヒッキーにはどうでもいいことだった。


83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 14:05:32.91 ID:o0jTp2oUO

店が日の出を合図とするように看板を下ろし、ヒッキーは全ての皿を洗い終わる。

支配人が乱暴な手つきで、小さなパンと申し訳程度の盛り合わせが乗った皿を、しゃがみ込んでいるヒッキーの脇の床に置いた。

( ^Д^)「外で食えよ。食い終わったら店ン中を片しとけ。
鍵締めんのも忘れんなよ」

一方的に言付けて去っていく支配人を一瞥すると、
ヒッキーは与えられた一日の労働の報酬を手に一度外へ出た。


84 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 14:08:57.20 ID:o0jTp2oUO

路地に座り込み、皿の上の食料を手掴みで食べる。

−−−−良い様に使われるたぁこの事だな、オイ

ハインが不機嫌そうに呟く声。

(-_-)「……」

ヒッキーは聞き流して固いパンを齧る。

−−−−楽しいかよ、それで

(-_-)「……楽しいわけないだろ」


もう一口パンを噛み締めて、ヒッキーは答えた。


85 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 14:11:52.35 ID:o0jTp2oUO

この酒場で働くようになったのは、彼女の下を去って数日後だ。

生きる為の最低限の食事と、自分の身分がばれないような場所を同時に求めれば、
こんな場所で働かざるをえなかった。

−−−−あのなー。
お前はそれで良いのかも知れねぇが、俺は暇で退屈でつまらな過ぎて大変なんだよ。

(-_-)「……そっちが勝手について回ってくるだけじゃないか」

−−−−お?言ったな?
お前さん、監禁地獄からの脱走の手助けをしてやったのは誰だと思ってんだ?
人生を切り開いてくれた恩人に対して少しくらいは頑張って生きてやろうって気にはならないのかね?ん?

(-_-)「……恩人って……」


86 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 14:13:51.93 ID:o0jTp2oUO
−−−−ヒトじゃないだろ、ってか?
馬鹿にすんなよ、お前があんなアホみたいに粗末な食事を1日にたった一度摂取するだけで生き延びられているのは、爬虫類の特性が活きているからなんだぜ?

(-_-)「……別にそんな馬鹿にするようなこと言ってないだろ……」

−−−−とにもかくにも、折角身体は「恵まれてる」っつーか「恵まれた」んだし、折角の人生だろ?
何かしらやりたいこととかねーの?

(-_-)「……無いね」

パンを燕下して、ヒッキーは言った。


87 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 14:16:57.20 ID:o0jTp2oUO

ハインの言っていることがおかしいとは思わない。
自分自身、こんな生活に身をやつしてまで生きる意味があるとは思えない。
生きていても、死んでいても同じ。

(-_-)「けれど……簡単に死ぬわけにはいかないんだ」

自身の思考に反論するように呟く。

今、命を自ら断つということは、
自分が彼女から受けた全てを、踏み躙って無駄にすることだから。

−−−−……ヒャハハッ、ずいぶんと健気なんだな

(-_-)「……好きにからかえばいいよ
僕にも言い返せる言葉はないから」

そう言って立ち上がる。

−−−−まぁいい、そんな人生観察もアリか

ハインの言葉を聞きながら、ヒッキーは罵声と命令しか掛けられることのない店内へと再び入っていった。

88 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 14:19:18.05 ID:o0jTp2oUO
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

ヒッキーがハイン曰く「まさに奴隷」な生活を送るようになってから十数日が経ったある日に、それは起こった。

(-_-)「……」

酒場が店を開けていない真っ昼間。

店に引きこもる訳にはいかないヒッキーは、大抵この時間帯を本通りに通じる細い路地にじっと座り込んで過ごしていて、
その日もヒッキーはそうやって時間を潰していた。



89 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 14:22:20.75 ID:o0jTp2oUO
何時間もじっと動かずにいることは、物乞いをしていたときの必須スキルだったし、
別に苦痛だとは感じない。

一応は追われている身であるし、物乞いとは違ってただ時間を潰せば良いのだから、ヒッキーとしては誰も来ないような場所にいたかったが、
ハインがやたらに「日光を浴びてー」やら、「こんな陰気臭い場所に何時間もいたら気が狂う」やらと身体の無い身分でうるさいので、
仕方なく人目に付きやすいというデメリットを妥協してこの場所を選んだ。


91 名前:か・い・か・ん:2008/12/25(木) 14:23:51.21 ID:o0jTp2oUO
(-_-)「……」

ローブを頭まで被って顔が見えないようにしながら、ただぼうっと行き交う人を眺める。
視界に変化があるということは、退屈を紛らわすのには役立っていた。

ある時は歩いていく行商らしき男を、ある時は手を繋いで通り過ぎて行く母子を眺め、対象を変えては観察を続ける。

(-_-)「……?」

観察を始めてから一時間ほど経ったとき、ヒッキーは行き交う人の流れが、一方に偏り始めたことに気付いた。

視線を動かすと、大通りの向かい側、かなり奥手の方に何やら人込みが出来始めているのが見て取れた。
96 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 14:27:52.44 ID:o0jTp2oUO
−−−−何かあるみたいだな……

ハインが関心ありげに呟く。
接ぐ二の句はすぐにわかった。

−−−−行ってみようぜ?

(-_-)「……」

−−−−なぁ、もうずっと石みたいに微動だにしてないだろ?
身体に悪いぜ?適度な運動も必要だって

(-_-)「……下手に出ていって見つかったらどうするのさ」

−−−−あの人込みだ、バレやしないって。

ハインはヒッキーの反論に退く様子もなく、ヒッキーを諭そうと話す。

−−−−それにアレだ、いざとなりゃあ、奥の手があるじゃんか

(-_-)「……ハァ」

ヒッキーは溜め息混じりに立ち上がり、フードを被り直して、
ハインが望む場所を目指してゆっくりと歩きだした。

98 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 14:30:24.76 ID:o0jTp2oUO
問題の人込みは、誰かが演説を行うために設置された舞台の周りを囲むようにして出来上がっていた。

舞台には誰も立っていないことから、未だ始まってはいないらしい。

−−−−お偉方のご高説か。
酒場に来てた野郎が法について高らかに謳ったりしてくれりゃあ最高のギャグなんだがな

人込みの舞台から離れた位置に潜り込んで、主役の登場を待つと、
現れたのは白を基調にした神父服を着た老人だった。

何処かで見覚えのある、そんな顔立ち。
100 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 14:34:08.08 ID:o0jTp2oUO
−−−−コイツは予想外だった

ハインが何処か驚きの感情を編み込んだような口調で言った。

−−−−まさかの教主様かよ。
大層な大聖堂に引きこもりっきりだったはずだが、はてさて……

ハインの言葉で、ヒッキーも目の前の老人が何者であったのかを思い出す。

スカルチノフ教主。
この街を、信仰と言う名の糸を使い裏で操る、教会の最高権力者。

この街でその顔を知らぬ物はいない。

尤も、ヒッキーにとっては大して興味のない人物だったために、そんな情報は記憶の奥底に突っ込まれていたが。
111 名前:もちつけだった:2008/12/25(木) 14:55:31.66 ID:o0jTp2oUO
/ ,' 3「本日は皆に大事な話があって来た」

しわだらけの顔のスカルチノフが話し始めた。

/ ,' 3「つい先日の事じゃ。
既に知っている者もいると思うが、教会地区内のとある建築物が、突如爆発した」

ドクン、と自分の心臓の鼓動が聞こえたような気がした。

集まっていた人込みが騒つく。

/ ,' 3「その建築物の中にいた数十人もの人々の命も同時に失われた。
彼らの魂に救いがあらん事を祈りたい」



112 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 14:58:37.93 ID:o0jTp2oUO
/ ,' 3「そして私は、その事故に関して、
恐らくは殆ど知るもののいないであろう事実を皆に伝えなければならん」

ヒッキーの動揺など露知らず、スカルチノフは話を進める。

/ ,' 3「教会地区内の建物を破壊し、幾人もの命を奪った犯人についてだ」

民衆が再び騒つく中で、ヒッキーの心拍は跳ね上がっていた。

落ち着け。
別に今ここにいることがバレているわけじゃない。

ヒッキーは自分に言い聞かせ、表面上の冷静さをなんとか保った。

−−−−ハハハ、マジに面白くなってきたなぁオイ

ハインの自分勝手な感想をぼんやりと聞き取る。


113 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 15:01:50.50 ID:o0jTp2oUO

/ ,' 3「……単刀直入に言おう。
我々は、悪魔の仕業だと考えている」

(;-_-)「……は?」

スカルチノフが告げた内容に、ヒッキーは一瞬言葉を失った。


114 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 15:02:23.79 ID:o0jTp2oUO

−−−−ギャグktkrwwwwwwwww
お前wwww悪魔だったらしいぞwwwwwwwww
言い訳するにしてももっとマシな嘘を吐けよジジィwwwwwwwww

実体を持っていれば笑い転げているであろうハインの笑い声を聞きながら、
ヒッキーは同時に教主の言葉も聞き続けた。

民衆の騒めきが静まるのを待って、再び教主が語り始める。

/ ,' 3「皆が驚くのも当然であろう。
今まで、悪魔というモノは概念としては存在しても、
実在した、という確かな記録は残っていない。
しかし、私は状況から判断するに、と言った。
辛うじて生き延びた人の話から、
この惨事は全て、たった一人の……或いは一匹の、忌まわしい何かが引き起こしたという証言を、我々は得ておる」



115 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 15:03:42.82 ID:o0jTp2oUO
/ ,' 3「その何かは火を纏い、何もかも一切合財を吹き飛ばし、逃げていったと、生存者は言った。
これを悪魔の所存以外の何だというのか、私には思いつかない。
……また最近では、街の特に貧しい民が次々に、忽然と姿を消すという奇妙な事態も起こっておる。
理由が何であれ、邪悪な存在が我々の生活を脅かそうとしていることは、最早明確だろう」

−−−−あー……魂胆が明け透け過ぎて白けちまったな……

ハインは先の爆笑から一変、冷めた口調で呟いた。

/ ,' 3「我々人間には、神の加護が常にある。
しかし時として、その加護を打ち破ってくるものが現れることが、稀にある。
今がその時期と言っても過言では無い。
そんな状況下において、我々は最早無傷ではいられない。
しかし、犠牲は最小限に止めなくてはならない」


116 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 15:06:09.80 ID:o0jTp2oUO
/ ,' 3「そこで……非常に心苦しいことではあるのだが……。
教会において、民衆の中から「人柱」を一人選ぶことを決定した」

「人柱」と言う言葉が出た瞬間、民衆はまたしても騒めく。
中には叫ぶ者もいた。



……「人柱」。
かつて、今以上に人々が脆弱で、天災や飢饉に効果的な対策を講じることが叶わなかった頃、
人々には、代償を払い、神に救いを求め、平穏を願う宗教的な習慣があった。

その代償とは他でもない「人間」であり、その人間の事を指して「人柱」と呼んだ。

やがて人々が様々な知恵と技術を手に入れ、天災や飢饉に対して自衛手段を講じることが可能になるにつれ、
そのような「人柱」を必要とする状況に陥ることは次第に少なくなっていった。



117 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 15:08:39.78 ID:o0jTp2oUO
最後に人柱が立てられたのは十数年も昔のことであり、
もはや過去の風習となりかけていたそれを、今さらスカルチノフは復活させようとしている。

何が目的なのか。


事件の元凶は他ならぬヒッキーである。
また浮浪者の誘拐も教会が裏で手を引いているとハインが言っていたし、事実ヒッキーも連れてこられた浮浪者達を見ている。

ヒッキーを含む浮浪者を実験に使っていた教会の最高権力者が、
そのことを知らぬはずが無い。

にもかかわらず、居もしない「悪魔」をその理由に置いている事から、
本気で人柱を必要としている訳が無いのは明らかだ。

浮浪者では飽き足らず、一般民すらも実験材料にするつもりか。

だがそれなら、大規模な報せが必要な上に、少人数しか手に入らない「人柱」を口実にするのには疑問がある。


しかし、そんな「理由」についての考察は、ヒッキーの思考の中から吹き飛んでしまうことになった。
119 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 15:12:13.54 ID:o0jTp2oUO
/ ,' 3「静粛に!」

大きくなる一方の喧騒を、教主の一言が掻き消した。

/ ,' 3「落ち着くのだ、皆の衆。
静かに聞いてほしい」

民衆は水を打ったように静かになった。

/ ,' 3「 ……実を言えば、「人柱」は既に決まっておる。
教会が、神の御下へ捧げられる「人柱」として十分な資格を持つ者を選定したからじゃ。
そして、今、この場に私が連れてきている」

しん、と静まり返った中。

後ろを向き、
手を差し伸べた教主の奥から、
階段を昇り、
舞台の上に、
姿を表したのは。

(;-_-)「……嘘だ……」

(*゚ー゚)「……」

他ならぬ、ヒッキーに救いの手を差し伸べてくれた、あの少女だった。

−−−−奴隷生活は終わりだな

珍しく慎重なハインの声が、揺さ振られ混乱するヒッキーの頭の中に聞こえた。

120 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 15:15:36.14 ID:o0jTp2oUO
それから、ヒッキーの視線は彼女に釘付けになった。

彼女は……しぃは、教主より一歩退いた位置に、俯き加減で立っている。

/ ,' 3「私は敢えて、彼女にここに来てもらった。
勿論それには理由がある−−−−」

教主が何か言っているが、ヒッキーはもう全く聞いていなかった。

今、この瞬間に、あの舞台の上に駆け上がり、「嘘だ!」と叫びたくて仕方がなかった。


121 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 15:17:10.29 ID:o0jTp2oUO
事件の犯人が悪魔?

人柱が必要?

その人柱が、あろうことか彼女?
……嘘だろう、そんなことは!

全ての疑問符を、否定して叩き壊したかった。

拳を強く握り締める。

競り上がる激情に身を任せ、一歩を踏み出す直前。

−−−−まぁ待てよ

ハインの冷静な一言が、波打つヒッキーの感情を打ち消すように聞こえた。


122 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 15:21:30.97 ID:o0jTp2oUO

−−−−気持ちは分かるけどな、実際その行動は間抜けだとしか言い様が無いぜ。
今出ていって事を起こせば、結果がどうなろうが奴らはお前を悪魔扱いして、
体の良い嘘をより強固に塗り固めるだろーよ。違うか?
彼女も、何も知らないままにお前に連れていかれてくれるか?
何より、その後、彼女はどうなる?つーかお前もどうすんだよ?


(;-_-)「……」

ハインには不似合いな理論は、しかし正論だ。

ハインの言う通り、今自分が舞台に上がって真実を叫んでも、暴力的に彼女を連れ去ろうとしても、
ヒッキーは、彼女を含めて、民衆の理解と信用を得られるはずもない。

123 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 15:22:32.88 ID:o0jTp2oUO
/ ,' 3「私は、彼女のその勇気と、偉大なほどの慈しみの心を−−−−」

ヒッキーが葛藤する間に、教主が、真実を知るものからすれば暴論以外の何物でもない己の言い分を、正当化、あるいは美化させていく。

(* ー )「……」

その傍らに立つ彼女は何も言わない。
言わせて貰える様子もない。
表情は優れず、何処か不安の色が垣間見える。

教主は教会が彼女を人柱に選んだと言った。
どんな風に彼女を言いくるめ、この場に引き出したか知らないが、
この状況が彼女が心から納得しているものでは無いのはその様子から明白だ。


なのに、それを端で見ながら、今この瞬間、何も出来ない自分が悔しかった。


140 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 16:30:29.07 ID:o0jTp2oUO

−−−−落ち着けよ。
その感情は蓄めに蓄めて、然るべき時に思い切りブチ撒けろ。
今はクールに行こうぜ、いつものお前みたいにな


141 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 16:32:54.87 ID:o0jTp2oUO

(-_-)「……珍しいね」

ヒッキーが皮肉を込めて言う。

(-_-)「快楽主義者じゃなかったの?
僕が暴れ回るように唆すばかりだと思っていたけど」

−−−−ハン、快楽主義者であることに偽りはねぇよ。
ただ、ちょいと待ちゃあ豪勢な食事が待ってんのに、小さな飴玉に釣られてそれを不意にしたりするほど、間の抜けたバカじゃないのさ。
あくまで、オレはオレの快楽の為に行動する。
お前の手助けをしたり助言をしたりしてんのは、お前の目的にそういうオレの目的と一致する部分があるからだ。
そこを忘れんなよ、このスカポンタン

(-_-)「……スカポンタンは余計だ」

−−−−我忘れて馬鹿げた行動に走ろうとする奴がスカポンタンバカアホドジマヌケ以外のなんだっつーんだよ

ハインの反論が、飄々とした口調に戻る。


142 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 16:34:36.30 ID:o0jTp2oUO

−−−−愛しの彼女が人柱になるまでにはまだ時間が掛かるはずだ。
少なくとも宗教的に行うんだからな。
いくら乱暴に期日を早めても多少の手順は踏むはずさ

(-_-)「……うん」

ヒッキーは自身に言い聞かせるように頷く。

しかし、時間が有り余っているということもない。
こちらも一刻でも早く行動を起こすべきだろう。

(-_-)「……」

ヒッキーはローブを翻し、雑踏に紛れていった。



 

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