第二章
45 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:51:57.71 ID:o0jTp2oUO
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
気が付けば、どことも知れぬ道を宛てもなく歩いていた。
( _ )「……」
あの一瞬から先、ヒッキーの記憶はスッポリと欠けていた。
激情に身を任せ、自身が何をしたのか、全く思い出すことが出来ない。
身体には、所々に黒い焦げ付きと、鮮明な赤い染みの付いた白衣を纏っている。
日は暮れ始め、景色は茜に染まっていた。
46 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:53:46.93 ID:o0jTp2oUO
( _ )「……」
身体中が鉛を貼りつけたように異様に重苦しくて、四肢の内、痛まない部位が無い。
身体が悲鳴をあげるどころか絶叫している感じだ。
それからしばらくも経たないうちに、ヒッキーは疲労と痛みに耐えかねて、
大通りから枝のように横へのびる路地に入ったところで、
何やらよく分からないゴミや瓦礫が突っ込まれた箱の脇にヘタり込んだ。
47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:56:38.19 ID:o0jTp2oUO
−−−−バテたか。
まぁ、その体躯にしちゃあ踏張ったほうだわな
一体どういう仕組みで聞こえているのか全く分からない、蜥蝪……もといハインの声が、頭の中で響く。
( _ )「……何処から話し掛けてくるんだ……」
息切れの合間に疑問を口にする。
−−−−だから、お前の中だっつーの
声が聞こえる理由なんて面倒臭い理屈考えんな、そういうモノだって割り切るんだな。
( _ )「……」
ハインの押し付けに近い解答を聞いたところで、ヒッキーの疲労が意識の保持にまで支障をきたしはじめた。
49 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:57:19.51 ID:o0jTp2oUO
−−−−無理すんな、正直ガタガタだよ、お前。
よくここまで来たもんだ、死んでたって不思議じゃない
もたれかかる身体をよく見れば傷だらけで、
これでは身体が絶叫するのも無理はないといった体裁だった。
瞼が抗えない力で押さえつけられるかのようにして下がってくる。
寒気がしてきた。
50 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:59:23.33 ID:o0jTp2oUO
( _ )「……死ぬのかな」
このまま目を閉じれば、二度と目覚めない、そんな予感。
けれど。もし、逆に。
生き延びることが出来たとしても。
ヒッキーは目を閉じ、瞼の裏の暗闇で、これからの自分について考えた。
経緯はともあれ、脱出は果たしたものの、
だからといって目的も生活の宛てもありはしない。
結局、捕まる前の、あの路上でその日の食料にすら貧窮しながら暮らす生活に戻っていくのだろう。
51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:01:11.15 ID:o0jTp2oUO
−−−−何だよ、せっかく得たものは使わないのか
ハインが思考に水を差す。
……「アレ」は果たして「得たもの」なのだろうか。
ほとんど思い出せない、断片的な記憶で回想する。
醜く変化した自分。
身に纏う暴力。
それをあくまで能動的に用いるなら、それは一体どんな目的においてなのだろう。
52 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:01:46.29 ID:o0jTp2oUO
ろくな事じゃない、とヒッキーは思う。
少なくとも、今の自分にとって、「これ」は忌々しい、出来れば触れたくもないトラウマの塊だ。
そんなモノまで使って生き延びたいとは思えなかった。
いっそ、このまま死ぬのも手か、と自虐的な発想さえ浮かんでくる。
何の目的もなく、ただ生きる為に生きる。
それに何の意味があるのだろう。
それは結局、あの灰色の部屋で過ごした時間の延長をなぞるだけになりそうな気がする。
( _ )「……僕には、何もしたいことなんて無い……」
ぼそり、と呟いて、そして意識は遠退いていった。
53 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:04:01.04 ID:o0jTp2oUO
「……あの」
死の渕に沈んでいくヒッキーを危機一髪のところで引き摺り戻すかの様に、
透き通るような女性の声が聞こえた。
(;゚ー゚)「……だ、大丈夫?……ですか?」
ゆっくりと、目を開ける。
後から付け加えるように丁寧語にした、その質問の主が見えた。
54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:05:28.85 ID:o0jTp2oUO
歳はヒッキーと同じか、恐らくは少し上、くらいだろうか。
いかにも一般階級の女の子、といった質素な服装に、右手には籠を抱える様にして持っている。
何かの買い物の帰りのような風体だ。
(*゚ー゚)「怪我……してるの?」
しゃがみ込みながら、悲壮感の漂う瞳でヒッキーを見つめ、その女の子は呟いた。
(*゚ー゚)「痛くないの?」
(;-_-)「……」
ヒッキーは何と答えればよいのか、困惑しながら、女の子を見つめた。
55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:07:23.33 ID:o0jTp2oUO
(*゚ー゚)「あ…そうだ」
表情が一変して、女の子は籠の中をまさぐった。
(*゚ー゚)「あの、これ」
そう言って取り出されたのは一つのリンゴだった。
(*゚ー゚)「どうぞ」
そう言って、少女は何処かぎこちないながらも、笑顔でヒッキーにリンゴを差し出した。
(-_-)「……」
変わらず無言のまま、ヒッキーはそのリンゴを受け取ろうとしたが、
指先には全く力が入らず、リンゴは二人の手から逃れ、ヒッキーの足元に落ちた。
56 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:08:17.83 ID:o0jTp2oUO
(*゚ー゚)「あ……」
少女が思わず声を漏らす。
リンゴは落ちた衝撃で所々が傷ついていた。
ヒッキーはもう一度手に取ろうと挑戦したが、やはり指からこぼれ落ちる様にして、リンゴは掴めない。
情けなさと申し訳なさが喉元をせり上がる。
(;-_-)「ごめん……なさい」
擦れた声で、ようやく話した単語が謝罪の言葉とは、なんともはや。
57 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:11:10.03 ID:o0jTp2oUO
しかし少女はそんなヒッキーに、首を横に振って答えた。
(*゚ー゚)「気にしないで。
物凄く辛そうだもの……
お医者さんに診てもらったほうが……」
少女が他者を引き合いに出した瞬間、ヒッキーは反射的に声を出した。
(;-_-)「駄目、だ……」
(;゚ー゚)「駄目……って、でもそんな身体じゃ……」
(;-_-)「行かない……、行けない」
声を出すのも一苦労で、少女の親切を素っ気なく切り捨てるような口調になる。
少女は少し悩むような仕草を見せ、意を決するように頷くと、
(*゚ー゚)「……分かったわ、じゃあ私の家に行きましょう」
とヒッキーに提案した。
58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:14:25.80 ID:o0jTp2oUO
(*゚ー゚)「大丈夫、今日は家には誰もいないから。
誰も呼ばないし」
(;-_-)「……」
ヒッキーは判断をしかね、少しの間、沈黙が漂った。
(*゚ー゚)「……ダメよ、あなた、このままじゃきっと死んじゃうもの」
それは恐らく好意に甘えろという意味だったのだろう、
少女はヒッキーにさらに近寄って、自分と殆ど背丈の同じヒッキーを、肩を貸すようにして支えながら立ち上がらせる。
(*゚ー゚)「歩ける?
家はすぐ近くなの、少し頑張って」
ヒッキーは、身体のあちこちが軋んで痛みを訴えるのを感じる。
けれど、それよりも、この見ず知らずの少女の自分に対する優しさが、
自分の心に染み渡るような暖かさを与えてくれるのを感じた。
( _ )「……」
ヒッキーは少女の力を借りて、そのまま彼女の家に向かった。
59 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:17:34.09 ID:o0jTp2oUO
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
(-_-)「うん……?」
目を覚ますと、そこは家屋のなかの一室の、ベッドの上だった。
どうやら、あの後また意識を失ってしまったらしい。
−−−−よー、幸運な浮浪者。
お目覚めはいかが?
ハインの声が聞こえてくる。
−−−−情けなくも女子に肩を貸してもらってベッドに辿り着くなり爆睡とはいやはや、
疲れ切っていたことを考慮しても中々の豪胆というか、図々しいというか……
(-_-)「……うるさい」
60 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:19:45.02 ID:o0jTp2oUO
しかし爆睡とは。
ハインの話を聞くかぎり、少女には多大な迷惑をかけてしまったような気がする。
−−−−しかも手当てまでして貰っちゃってよー
地獄から天国へ、ってなもんだよな、オイ
変わらず喋るハインの言葉で、確かに身体の手当てまで施され、
さらには、綺麗な……少なくとも今まで身に纏っていたローブよりは大分マシな衣類に着替えていることにも気付く。
−−−−まぁ至れり尽くせり、あのヒトの良さには感服したぜ
61 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:22:27.02 ID:o0jTp2oUO
(-_-)「……」
本当に。
何故あの少女は自分にここまでしてくれるのか。
ヒッキーには不思議なことだった。
「……あ」
その声に、伏せていた顔を上げると、部屋の入り口に少女が立っていた。
(*゚ー゚)「起きたのね」
その両腕に洗濯物が詰まったバスケットを抱えたまま、少女はヒッキーが横たわるベッドに近づいてくる。
ヒッキーは慌てて上半身を起こし、痛みも倦怠感も消え去っていることを実感した。
(*゚ー゚)「これ、貴方が着ていたローブ。
すごい汚れていたけど、必要かもと思ったから……」
バスケットから取り出されたのは……本当にこれがあのローブかと言わしめん程に綺麗なローブだった。
(*゚ー゚)「もし必要なら、破れとか縫ってあげるけれど……」
−−−−うはは、オレが人間の雄なら求婚するな
ハインが楽しそうに言う。
62 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:23:15.19 ID:o0jTp2oUO
(*゚ー゚)「……?どうかした?」
少女には聞こえていないらしい。
ヒッキーは首を横に振った。
(-_-)「もう、十分……です」
(*゚ー゚)「そう、遠慮しないでね?
……お腹、空いてない?」
もう一度首を横に振ろうとした瞬間、腹の虫が勢い良く鳴った。
−−−−wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
ハインの笑い声が頭の中に響く。
(*゚ー゚)「身体は嘘をつかないね」
少女も笑いながら、部屋を出て行き、しかしすぐに戻って来た。
(*゚ー゚)「あの時のリンゴ、今なら食べられるでしょ?」
均等な大きさに切り分けられたリンゴが載った皿を手渡される。
63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:25:45.40 ID:o0jTp2oUO
(-_-)「……」
口の中がやたら湿る。
とりあえず、布が掛けられている下半身をテーブル代わりにして皿を置き、
その後にあった躊躇は少しの間だけだった。
ヒッキーは串の刺さったそれに手を伸ばし、口元に運ぶ。
一口齧ると、独特の食感と甘さが口の中に広がった。
(*゚ー゚)「食べおわったら、呼んでね、お皿、取りに来るから」
少女がそう言い残して去る。
しばらくは部屋の中に咀嚼の音だけが聞え、
そして、
ヒッキーに被せられた掛布に、小さな染みが出来た。
64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:27:29.93 ID:o0jTp2oUO
( _ )「……ッ」
咀嚼の音に代わって聞こえる、小さな嗚咽。
堰が切れると、後はもう止まらなかった。
涙は次々に頬を伝って掛布に染みを作り、
ヒッキーは口元を押さえて何とかこの嗚咽が少女に聞こえないようにした。
ハインも黙っていた。
しばらくの間、嗚咽は止まなかった。
65 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:28:12.19 ID:o0jTp2oUO
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
数分後、ヒッキーは何とか体裁を整えて、泣いていた場面は少女に見せずに済んだ、と内心も落ち着いた。
(-_-)「……」
ふと皿に目をやる。
まだ一切れしか食べていない。
もう一つ食べようかと、考えていた、その時だった。
「……しかし脱走とは……前代未聞じゃないか?」
(;-_-)「!」
66 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 13:31:26.52 ID:o0jTp2oUO
それは、ヒッキーの背後から少し横にズレた位置にある、壁にはめ込まれた窓の外から聞こえた男の声だった。
「ああ……建物の半分と、その場にいた全員を吹き飛ばしたらしいな」
その話の話題が何か、等ということは、直感で理解できた。
ヒッキーは身を捻って窓から顔を覗かせる。
声の主は二人組で、道を歩きながら会話していた。
「それで、教主様は何と?」
「決まっている、「断罪」さ」
「断罪」という単語に首をかしげる暇もなく、会話は進む。
「野放しにする訳が無いか」
「匿う者があれば、そいつらにも容赦はあるまいよ」
(-_-)「……」
−−−−さて、一難去ってまた一難、か
ヒッキーは窓を覗くのを止め、目を閉じた。
すべきことは一つだ。
69 :くそ間違えた、第二幕最後追加:2008/12/25(木) 13:34:46.39 ID:o0jTp2oUO
(*゚ー゚)「どう、リンゴ美味しかっ……」
少女が家事やらなんやらの用事を済ませ、再びヒッキーの様子を見に部屋に来たとき、
(*゚ー゚)「え……?」
ベッドの上にはまだリンゴが残っている皿と、彼に着せていたはずの衣類だけがあって、
彼の姿と、元々彼が持っていたローブと服はそこには見当たらなかった。
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