第一章
3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 11:01:17.15 ID:o0jTp2oUO
「そこ」の特徴を言え、と言われたら、まず真っ先に思い出すのはあの燻ったような灰色だ。
「そこ」にいる間、自分は殆どの時間を、
自らが閉じ込められている部屋の、灰色をした壁を見て過ごしていた。
4 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 11:04:31.62 ID:o0jTp2oUO
そこに来たのはいつだったろうか。
そこに来る以前。
物心付いたときから「家」も「親」も無く、
路上でカラスのごとく残飯を漁り、物乞いをしていた、
あの時間はいつ終わり、こんな意味のない、
「生活」とすら呼べない「時間の経過」が始まったのか、思い出すことは出来ない。
どうやって終わったのか、ならば記憶している。
自分と同じく路上で暮らしていた者の一人がどこからか聞いた、「施しを受けられるらしい」という情報に、
空腹に耐えかねていた自分と数人の仲間はいとも容易く釣られたのが運のつきだった。
5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 11:07:18.44 ID:o0jTp2oUO
屈強な男共に路地裏で袋叩きにされ、意識を失っているうちにここに運び込まれ、
監禁され始めてから、以来、彼らとは会っていない。
少なくとも、情報を手に入れた者が、その情報が嘘偽りであったと知ってはいなかったことは確かで、
実際にそんな話は町中に流されていたらしい。
そうして、自分と同じような経緯でやって来たのであろう人々が、灰色の部屋には何人かいた。
どうやらそういう状況の灰色の部屋が幾つも並んでいる様で、
数十人の人がその区切られた異様な空間に閉じ込められているようだった。
自分達が何故監禁されているのか、知らされることもなかったし、知る手段も無かった。
6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 11:10:49.61 ID:o0jTp2oUO
窓も無く、薄暗い通路に鉄格子を挟んで面している以外に特筆することが無い部屋に閉じ込められ続けられていると、
自然と感情というものが自分の中から少しずつ漏れだして、失われていくことが認識出来た。
ある日(最早その頃には時折鉄格子に設けられた、小さな窓から粗末な食料が差し入れられることによってしか時刻というものを認識出来なくなっていた)、
ある男が奇声を発して部屋の中で暴れだした。
精神が耐えられなくなり発狂したのであろうその男は、
同じ部屋にいた女の髪を引っ掴んで引き摺り回した挙げ句、
騒ぎを聞き付けた数人の門番によって取り押さえられ、部屋から連れ出されていった。
何かしら、この空間の静けさを破る行為、或いは空間の異常性に対して行動を起こすものは皆連れていかれたし、
何もせずとも、定期的に部屋から人が連れ去られていった。
そして、その灰色の部屋から外に連れ出される者達は、二度と帰ってこなかった。
7 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 11:14:23.75 ID:o0jTp2oUO
もしかしたら解放されたのかもしれないが、そんな希望的観測は時間が経つにつれ誰の心からも消え去って、逆に皆、連れ出されることに恐怖を感じていた。
やがて、部屋の中から一人、また一人と消えて行き、
自分のいる部屋の中には自分しか居なくなったある日。
人の代わりにやってきたのは、番人が持ち運び入れた、檻に閉じ込められた多数、多種多様の動物だった。
「コイツどうする?」
部屋の中に動物の入った檻を入れに来た二人の番人の片割れが、自分を見下しながら、仲間に尋ねた。
「ああ、ソイツもうすぐ「使う」らしいから、移動させなくてもいいだろ」
「そうだな」
「まぁ、仲良くやれよ、ハハッ」
8 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 11:16:18.24 ID:o0jTp2oUO
部屋の隅で膝を抱え、顔を半ば沈み込める様にして番人を見た自分に、
番人は明らかな軽蔑を込めた口調でそう言って、部屋から去っていった。
しばらく、番人達の会話の内容について思考を巡らせて、しかし理解することは不可能だと判断し、
意識を霧散させようとした、その時だった。
9 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 11:21:51.81 ID:o0jTp2oUO
−−−−おい
(-_-)「……」
ふと聞こえた声に顔を上げたが、見渡すかぎり人の姿は見受けられない。
自分宛ての声ではないのだろうと考えて再び顔を伏せようとすると、
−−−−コラ、何処見てんだよ、こっちだ、こっち
またしても声が聞こえた。
先よりも声量が大きく、その声がする方向が認識できる。
だが、その方向にあるのは動物達が入れられた無数の檻だけだった。
10 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 11:24:40.73 ID:o0jTp2oUO
−−−−そうだよ、こっちだ。 檻ン中だ
そんな疑問に答えるようにして声は続く。
−−−−もっと右だ……そう、ちょい下……違う違う……ストップ!
声に従い、檻の山に視線を滑らせ、そしてある一点に止める。
−−−−ハッ、真正面から見りゃますます浮かねぇ顔してんなァ
そこ……檻の山の中程に積まれた小さな檻の中に居たのは、紛れもなく一匹の蜥蜴だった。
11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 11:30:51.16 ID:o0jTp2oUO
しばらく蜥蜴を眺めていると、その蜥蜴が再び口を開けた。
−−−−何を惚けたような顔をしてんだよ
訝しげに尋ねられる。
(-_-)「……喋ってる」
返した言葉はその一単語だけだった。
−−−−確かに俺は人語を喋っているが、それがどうかしたか?
蜥蜴は楽しそうに聞き返す。
「……何で」
−−−−「何で」? さぁてねぇ、気が付いたら流暢に喋っていたっけな
飄々と蜥蜴は答える。
−−−−蜥蜴が喋ってるなんて、見たことも聞いたこともないって言いたいんだろ、どうせ
それには小さくゆっくりとした頷きで返した。
12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 11:33:06.25 ID:o0jTp2oUO
−−−−そりゃそうだろうよ、気持ちは分かる……俺も人と話すのは久しぶりだしな
蜥蜴は蜥蜴らしからぬ身振りで、自分の尻尾をつい、と振った。
−−−−けどな、俺が蜥蜴で、人の言葉を解するってのは事実だ。
夢じゃないからな……頬っぺたつねっても意味はないぜ
蜥蜴はそう言って自分の頬をその細長い指で指した。
−−−−まぁ、そんじょそこらの低能と一緒にすんなよ、って事さ。
(-_-)「……」
なんと返せば良いのか見当が付かず、蜥蜴とのにらめっこが続いた。
14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 11:37:18.98 ID:o0jTp2oUO
−−−−なぁ、お前さん、訳も分からずここに押し込まれたクチだろ
答えない。
−−−−黙ってたって見りゃ分かるさ。
巷じゃあ何かと噂になってんだぜ、浮浪者の集団失踪ってな
答えない。
−−−−まぁ、首謀が街を牛耳る教会だけあって、大した騒ぎにはなってないがね……。
しかし、興味津々に乗り込んでみりゃあ、どうやら際どい事に手を出してるみたいだぜ、教会は
(-_-)「……何が?」
−−−−お、やっと食い付いたな。
いいぜ、話してやろうか?
16 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 11:41:56.66 ID:o0jTp2oUO
(-_-)「……」
沈黙を肯定と判断したのか、蜥蜴は勝手に話し始めた。
−−−−オレも全部を知ってるわけじゃないけどな……ここに忍び込んで色々と拝見した状況を纏めると、
. ここは単なる牢獄じゃない。むしろ牢獄なんざオマケだよ。
. その本質は地下に広がる巨大な実験場だな
(-_-)「実験………?」
単語を摘んで聞き返され、蜥蜴はそうとも、と答えた。
−−−−ここは秘密の実験場さ。
. もっとも、肝心な「実験」の中身については、知る前にとっ捕まってこうなっちまったもんだから知る由もないが
蜥蜴はあっけらかんとして言う。
17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 11:45:34.76 ID:o0jTp2oUO
−−−−まぁ、お互いの状況を鑑みてみれば、どう考えてもオレ達の行く先は決まってるってモンだ。
お前も薄々は気付いているんだろう?
(-_-)「……」
実験場の檻に閉じ込められている自分がどういう立場にあるのか。
その問いは普遍的な結論を出すのに難解な思考を必要とはしない。
そしてその結論は自身の生命を脅かす以外の何物でもない。
18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 11:47:37.30 ID:o0jTp2oUO
しかし、だからどうしろと言うのだ。
結論を知り、自分の行く末を知ったところで、今現在の自分にそれを防ぐ手立てなどあるのか。
荒み切ったこの時間の中で衰弱し、疲弊した精神と身体で、一体何が出来るのだろう。
−−−−諦念が滲み出てるぜ
そんな思考を巡らす自分の顔を見て、蜥蜴は笑った。
.
19 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 11:51:12.45 ID:o0jTp2oUO
−−−−そりゃそうか。こんな場所にブチ込まれ、逃げ道もなく、挙げ句は実験材料。
発狂しないだけマシってもんかね
(-_-)「……」
−−−−お前が言うなってか?
正論だが、状況は同じでも、オレとお前は同等じゃあない。
少なくとも、お前さんよりは楽観視出来る要素が……
そこで蜥蜴は言葉を中断し、代わりに石畳を歩く足音が聞こえ始めた。
20 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 11:54:45.76 ID:o0jTp2oUO
やってきたのは数人の番人だった。
番人は蜥蜴の入っていた物を含む全ての檻を各人が分担して持ち上げると、
そのままどこかへ持ち去るようだった。
その間、蜥蜴は一言も喋らない。
ただ、こちらを一瞥して、首を傾げてみせるだけだった。
檻が運ばれていき、再び孤独になった後は、
再び顔を膝を抱える腕の中に沈め、思考することを止めた。
21 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 11:58:10.16 ID:o0jTp2oUO
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
それからどれだけの時間が経っただろうか。
「オイ、起きろ」
檻の鉄格子を叩く音と共に声がして、顔を上げると、
番人が檻の鍵を開けて入ってきた。
「立て」
簡潔な命令は、自発的に従う前に、無理やり力ずくで実行され、
両脇を二人の人間に抱えられる。
22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:00:09.70 ID:o0jTp2oUO
今までこうやって連れられていく人間を何人見ただろうか。
そんな事を考えたが、次の瞬間には引き摺られる様にして歩かされ、やはり考えることは止めた。
檻から出て、廊下を数分の間歩かされ、何度か左右に曲がった所で、ようやくその足は止まった。
「連れてきました」
「ご苦労」
通路の途中に設けられた入り口の前で、自分を引き摺ってきた白衣の男が入り口の奥にいる誰かと話を交わした。
「少し待ってくれ、今「空ける」」
しばらくすると、入り口から白い袋を肩に担いだ白衣の男が出てきて、すれ違うようにして通路を歩いていった。
その白い袋の端が、赤く滲んでいたのは、恐らく錯覚ではない。
23 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:01:05.50 ID:o0jTp2oUO
「ああ、そうだ、目隠しを忘れるなよ。
またこの前みたいに騒がれちゃ堪らん」
再び入り口が声が聞こえて、ヌッ、と出た手が番人に布切れを手渡した。
受け取った番人が、布切れを広げながら近付いてきて、視界が塞がれた。
「よし、OKだ」
その声を合図に、再び身体が引っ張られる。
恐らくは入り口の中に連れ込まれたのだろう。
目隠しを通じて感じる光量が僅かに増した。
「そこでいい」
次の瞬間、叩きつける、と言う表現があながち誇張でもないくらいの勢いでいきなり押し倒され、背中が何かに押しつけられた。
かと思えば、両手首を万歳をするような格好に持ち上げられる。
辛うじて力を込めて反発してみたが、舌打ちと共に鳩尾に強烈な衝撃を食らい、ぐうの音も出なくなった。
「手間掛けさせるな、クズめ」
結局、背伸びをしたような格好で四肢を拘束された。
24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:07:10.33 ID:o0jTp2oUO
殴られた鳩尾が疼いて吐き気がする。
依然目隠しは外されず、辺りの様子は聴覚を通してしか分からなかった。
−−−−さて、じゃあコイツに取り掛かるか
−−−−小柄か……、あまりデカいのには向いていないな
−−−−さっきの蜥蜴なんかどうだ?
少しおどけるような口調で誰が言って、笑い声が聞こえた。
−−−−そうだな、それくらいが適当やもしれん
−−−−決まりだな
何やら物音がする。
−−−−神のご加護があらんことを
その一言が聞こえた直後に、何かを顔に押し当てられ、一気に意識が吹き飛んだ。
25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:10:10.49 ID:o0jTp2oUO
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
−−−−よう
−−−−……
−−−−僅か数時間のスピード再会だな。
いや、実際には互いに姿も見えやしない、謂わば「意識の会話」ってところか?
−−−−……僕は、どうなったんだ
−−−−知らねーな、オレがどうなったかは知ってるが
−−−−……
−−−−さて、時間がないんでね、簡潔に行くぜ
しばらく、お前の体に居候させて貰うことにした
26 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:12:09.17 ID:o0jTp2oUO
−−−−……は?
−−−−どうして、とか話してる時間はねぇ。
不可抗力の事態だからな。
ま、オレとしちゃあ別に構わないし、短い付き合いになるか、長い付き合いになるのかはお前さん次第だな
−−−−……意味が分からないよ
−−−−すぐに分かるさ……嫌でも、な。
じゃ、また会おう
ゴォン、という音が聞こえたような気がして、
そしてそれを合図にヒッキーは意識を取り戻した。
27 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:14:39.46 ID:o0jTp2oUO
ゆっくりと目を開けて得た視界は完全にぼやけていて、映るものの輪郭さえ、まともに捉えることが出来ない。
霞み掛かる意識の中、視覚以外の感覚で、何か液体の中に浮いているのだと認識する。
ゴボリ、と目の前を大きな泡が通り過ぎていった。
28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:15:13.66 ID:o0jTp2oUO
−−−−信じられんな……
水中を通じたためか、エコーがかかった誰かの声が聞こえてきた。
−−−−素材としては下の中といったところのはずだったが……相性が良かったのか
−−−−蜥蜴と、か?それは笑える話だ
−−−−しかし成れの果てが「フラスコの中の小人」であるなら、意味はない
−−−−全く、いつの間にか若きウェルテルの悩みを読む奴が多くて困る
笑い声が聞こえる。
29 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:16:29.53 ID:o0jTp2oUO
−−−−もういいだろう。排出しろ
その一言で、ザーッ……と何かが流れ出ていく音と共に、下から沢山の泡がゴポゴポと下から上へ出ていった。
やがて水面が下がってきて、自分の顔が液体の中から浮き出る。
視界がぼやけていたのは水中にいたからだったようで、
今はハッキリと辺りの状況が見て取れる。
何人もの白衣の男が、ヒッキーを内包する容器の外側から彼を見ていた。
段々、浮力の支えを失うに従って、代わりに、何か吊されているような感じを覚えた。
それで自分は水中でいくつもの管に繋がれていたのだということを知る。
30 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:17:35.68 ID:o0jTp2oUO
液体が完全に排出され、操り人形のように、四肢を吊された状態になった。
濡れた全裸の身体が気化熱で肌寒い。
−−−−解放しろ
うなじから何かが引き抜かれる感覚。背筋を嫌な感じが駆け抜けた。
ヒッキーの身体に刺さる様にして、それを吊していたモノが、次々に抜かれ、
ヒッキーは湿った音と共に、網目状の金属板の底に落下した。
(;-_-)「……!」
身体をうちつけられた痛みに顔をしかめる。
31 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:19:14.73 ID:o0jTp2oUO
−−−−おはよう、「ブラドベリィ君」
また笑い声がした。
不様な姿のヒッキーを嘲笑う、そんな声。
ヒッキーが閉じ込められているガラス張りの容器の外から、数人の白衣の男達がヒッキーを眺めていた。
( _ )「……ア゙……」
声を出そうとしたが、発したのは潰れたような、擦れたような、言葉にならない声だった。
そして、困惑する暇もなく襲い掛かってきたのは、脳髄を揺さ振るような強烈な吐き気。
(; _ )「ヴゥ……!」
あまりの苦痛に、倒れこんだまま、思わず身を丸める。
荒くなる呼吸を刻む中で、ちら、と開けた視界に見えたモノは。
間違いなく自身の肩から生えた、指先の異常に長い、赤黒ずんだ腕だった。
32 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:21:06.51 ID:o0jTp2oUO
( _ )「……!」
目を見開いて凝視する。
何だこれは。
何だ、これは。
ナンダ、コレハ。
夢、でも、見て、いる、のか。
−−−−突発性の変質……拒否反応か?
−−−−身体そのものが脆弱だからな。あり得る
白衣の男達が、自分を見下ろしながら冷淡な会話を続けている。
吐き気が限界に達し、ヒッキーは胃液をブチ撒けた。
(; _ )「ヴェ…………」
胃が痙攣して、吐くものが無くなっても嗚咽は止まらず、涙が視界を滲ませた。
33 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:22:36.79 ID:o0jTp2oUO
−−−−まずいな……やはり失敗か?
−−−−あまり質のいい素材とは言えないね
−−−−しばらくは様子見か
−−−−まぁ、元から失敗作のようなものさ
廃棄当然のレベルの検体を無理矢理使ったんだからな
……何がだ。
ヒッキーは、自身に沸き上がる、吐き気以外の何かを感じた。
沸々と、膨れ上がるかのような何か。
そしてその時、白衣の男達とは別に、声が聞こえた。
34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:25:56.61 ID:o0jTp2oUO
−−−−怒るか、人間。
ま、そりゃ当然だわな
直接、心に問い掛けるような、声。
−−−−「それ」は全くもって正当で、誰にも止められない純粋な感情だ。
何も不思議なことじゃあないのさ
声は続く。
−−−−不快だよなァ。
意味も分からず笑われりゃあよ。
だったら……
35 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:28:32.20 ID:o0jTp2oUO
声は囁く。
−−−−忘れるんだ。「それ」以外の全てを
−−−−楽しむんだ。「それ」に身を任すことを
−−−−爆発させろ。「それ」を
−−−−手伝ってやるから、よ
36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:32:11.46 ID:o0jTp2oUO
( _ )「……」
誰が、何だって?
意味も分からず、こんな空間に押し込め、絶望させ、挙げ句には「使えない」。
ふざけるな、と言いたかった。
しかしそれすら出来なかった。
そんな僕は失敗作?
何が?何処が?何故に?
……いいだろう。
何とでも呼べばいい。
38 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:35:19.82 ID:o0jTp2oUO
ヒッキーが、ゆらり、と手を突き、膝を突き、地面から身体を起こす。
−−−−おお……
−−−−む、立ち直ったか……。 予想に反して丈夫だな
未だ白衣の男達は、ガラス越しに呑気に会話を交わしている。
そんな男達を、ヒッキーが鋭く睨み付けた。
ヒッキーは知らない。
その睨み付ける瞳は、爬虫類が持つ黄金のそれと全く同様であることに。
四肢に力が籠もる。
−−−−音量を上げて、吠えるのさ
声が、楽しそうにそう言った。
次の瞬間、ヒッキーは咆哮した。
39 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2008/12/25(木) 12:37:33.71 ID:o0jTp2oUO
−−−−ヴァアァアァァアアァアァッッ
ビリビリと響く轟音が、ヒッキーと白衣の男達を隔てる分厚いガラスにヒビを入れる。
−−−−何だ!?
−−−−パニックでも起こしたか……?
鼓膜を震わす突然の奇行に、白衣の男達は動揺した。
−−−−ヴヴヴ……
低く唸りながら、ヒッキーは「それ」を爆発させるべく、静かに力を溜める。
どうすればいいかは、本能が理解していた。
下衆な連中がヒッキーに植え付けた、レプタイルの本能。
破壊を求める、暴力性。
−−−−そういや、言ってなかったな。
改めて自己紹介しよう、オレの名は……
声の主が、名乗った名前は。
−−−−オレの名はハイン。
「火蜥蝪」のハインだ
Back